生活者としての外国人児童に対する支援とは、児童らにとってどのような意味を持つものなのでしょうか?この点を見直して、支援する側の役割について考えてみましょう。
この講座では、外国人児童*の支援について、その学校に通う「一生徒として」という視点ではなく、その地域に住む「一生活者として」という視点で見ることの重要性について考えたいと思います。また、実際の元外国人児童のインタビューを見て、具体的にどのような課題があり、どのように取り組んでいくべきなのかという点について考えていきたいと思います。
*日本語の支援が必要な児童の全てが外国籍であるとは限りませんが、この講座内では「外国人児童」という呼称で統一します。両者の区別が必要な場合には「外国籍」「日本国籍」という用語を用いています。
外国人児童に対する日本語教育支援の現状
まずは、外国人児童に関する現在の状況を見てみましょう。
ここでは、 ① 日本語の指導が必要な児童生徒の数、 ② そのような児童が在籍している学校の数、そして ③ それらの児童の母語が何であるかを示す統計データを簡単に見ていきます。
① 日本語指導の必要な児童生徒の数の推移
一概に外国人児童 (外国にルーツをもつ児童) といっても、国籍は外国籍とは限らず、日本国籍である場合もあります。また、外国籍の場合でも、日本で生まれ育ったために日本語の指導は不要である場合も多いです。このため、日本語の支援という観点からは、国籍ではなく「日本語指導が必要かどうか」という点から見る必要があるでしょう。
以下のグラフは平成20年から平成30年までの、外国籍及び日本国籍の、日本語の指導が必要な児童生徒の数の推移を表しています。
② 日本語指導が必要な児童生徒の在籍する学校の数の推移
児童生徒の数が増えるに従って、児童生徒の在籍する学校の数も増えてきています。このことは、特定の地域で日本語指導が必要な児童生徒の数が増えているだけではなく、そのような児童生徒が在住する地域が広がりつつあるということも表しています。
③ 日本語指導が必要な児童生徒の母語
日本語の指導が必要な児童生徒の母語は多様です。今後も多様化が進んでいくと考えられます。
以上のような統計データから、外国人児童生徒への日本語支援に関する現状について、次のようなことが言えると思います。
日本語の指導が必要な児童の数は増え続けていて、そのような児童の在住する地域も広がりつつあるため、支援の広がりが必要とされていると考えられます。また、これらの児童の母語も多様であるため、母語や母文化に応じた支援も、多様化に応じたものが必要とされています。
包括的な支援の必要性と地域の日本語教室での関わり
では、これらの外国人児童を「一生徒」でなく「一生活者」として支援する場合に、どのような点に注意したらいいでしょうか。
このセクションでは、生活者としての外国人児童には「包括的な支援」としての日本語支援が必要であることを確認した上で、みなさんが関わり得る、この「包括的な支援」に含まれる要素を3つのレベルに分けて見ていきたいと思います。
包括的な支援の必要性
外国人児童の抱える課題や支援について考えるときには、日本語能力の向上という点がフォーカスされることが多いと思います。しかし、子どもたちの「生活・人生」ということまでを考えると、外国人児童に対する支援は言語面のものに限らず、包括的なものであるべきではないでしょうか。この点について、『外国人児童生徒等の教育の充実について(報告)』 (2020) では、以下のように書かれています。
将来の人生
日本語の能力が十分でない外国人児童生徒等は、言葉のハンディから、学習や交友関係の形成に困難を抱えがちである。このため、適切な指導・支援の下で将来への現実的な展望が持てるよう、学校の内外を通じ、日本語教育のみならず、キャリア教育や相談支援などを包括的に提供する必要がある。
個人のアイデンティティ・家庭
また、子供たちのアイデンティティの確立を支え、自己肯定感を育むとともに、家族関係の形成に資するためには、これまで以上に母語、母文化の学びに対する支援に取り組むことも必要である。これについては、学校で母語、母文化に焦点を当てた学習活動を行うことに加え、地域の関係機関と連携した学校外の取組を進めていくことが特に重要である。
外国にルーツをもつことによる強み
外国人児童生徒等が、複数の言語や文化、価値観の下に生まれ育った経験を活かし、グローバルな視点を持って社会で活躍するような人材となり得ることを重視し、支援を受けるだけでなく、彼らの強みを活かす指導についても取り組むことが期待される。
2020年『外国人児童生徒等の教育の充実について(報告)』p.4
この文章からは、単に学校の授業が受けられる日本語能力を身につけるということが重要なのではなく、家族関係の形成のように子どもの現在の生活に関わる部分や、キャリア形成のような将来の人生、アイデンティティの形成など、人格形成に関わることまでを視野に入れることが重要だということが分かります。
生活者としての外国人の支援のポイント
では、このように包括的な支援について考えるにあたってのポイントを、「個人レベル」「家庭・地域社会レベル」「国・日本社会レベル」の3つのレベルに分けて見ていきましょう。
個人レベル
ライフコースと学びの連続性
子供たちの「今」を見て日本語の習得支援をすることももちろん大事ですが、それ以上に、彼らが将来大人になってどのような人生を歩んでいくか、という観点に立った日本語の習得支援を意識することが重要です。日本語を学ぶことが、子どもたちの将来にどのような意味を持つのかということまでを考える必要があります。この点については、次のセクションで詳しく取り上げます。
アイデンティティの確立
高校、大学生になるとアイデンティティが確立されますが、支援の対象となることの多い小学校・中学校ぐらいのころは、ちょうどこのアイデンティティが確立されていく過程にあります。アイデンティティの確立と言語には密接な関係があります。子どもたちがアイデンティティ確立の過程にあることを意識して、日本語習得支援に当たりたいです。
エンパワーメント
「エンパワーメント」というのは、簡単に言うと、その人に「力づけをする」ということです。しかし、外部から一方的に力を与えるというような方法でこれを実現するのではなく、その人が潜在的にもつ力を引き出すことで「力づけ」が実現されるようにすることです。日本語の支援においても、一方的に助けるというよりは、いかに子どもたちの持っている力を引き出すかを考えることが重要でしょう。
家庭・地域社会レベル
異文化理解・異文化間能力の育成
地域社会という面では、地域社会で共存する異文化を理解する能力も重要です。異文化の理解というのは、外国人生活者が自分の住む日本という国の文化のことを理解するだけでなく、逆に日本人が外国人生活者の母文化を理解するという面もあります。前者の重要性はもちろんですが、日本人が外国人生活者の側の文化を積極的に理解できるように地域で取り組んで行くことも重要です。
家族間のコミュニケーション
家庭のレベルの問題として、外国人児童の家庭では、家族とのコミュニケーションのあり方がさまざまであることを意識しておきたいです。両親の母語でコミュニケーションをとっているような場合もあれば、日本語でコミュニケーションをとっている場合もあるでしょう。言語の問題から、親子の間でコミュニケーションが十分に成立しなこともあります。こういった点まで考慮に入れて支援することも重要です。
母語・母文化の保持
小さいころに日本へ来た子どもや日本で生まれ育った子どもの場合は、自身のルーツとなる言語や文化に関する問題もあります。このため、日本語を学ぶだけでなく母語や母文化を保持することも重要となるケースもあります。どうやって母語・母文化を保持していくのかを考えたり、継承語教育を充実させていったりすることも重要でしょう。
国・日本社会レベル
多言語サービス・やさしい日本語
日本語が分からないことによる様々な課題を日本語能力を向上させることで解決することも重要ですが、日本語能力が十分でない状態でも平等にサポートやサービスが得られるような仕組み作りをすることで解決していくことも重要です。行政側では多言語サービス等や「やさしい日本語」の普及などの取り組みがされています。
アファーマティブアクション
企業が社員を採用する際に男女比が 50% ずつになるように採用する、などといった話を聞いたことないでしょうか。この場合、格差や差別が是正された結果として男女比が半々になるのではなく、是正の手段として男女比を半々にする、という積極的な措置がとられています。このように、格差や差別がなくなるのを待つのではなく、積極的な対応をもって格差や差別をなくしていくという措置、即ち、アファーマティブアクション (積極的格差是正措置) 、がとられることがあります。外国人児童に関して言えば、入学試験の点数だけで判定するのでなく、一定数以上の率の外国人生徒を受け入れるようにするというような措置もあり得るでしょう。
地域の日本語教室の役割
このような包括的な支援を行う場としては、地域の日本語教室の役割が期待されています。以前の講座でも見た通り、地域の日本語教室は、いわゆる「学校」とは異なり、「教師 = 教える側」対「学生 = 教えられる側」という固定的な関係の中で定まったカリキュラムに従って学びを行う場ではありません。このような場であるからこそ、上で見た「個人」「家庭・地域社会」「日本社会」のレベルにおけるさまざまな課題に対する取り組みが期待できるかと思います。
地域日本語教育の多面・重層的イメージ

地域日本語教育は、多言語多文化を背景とする住民を含めた地域社会形成のための、地域社会を基盤とした多面的重層的なシステムであるととらえる必要がある。
日本語教育学会編『外国人対する実践的な日本語教育の研究開発―報告書―』
次のセクションでは、このような「地域の日本語教室 (日本語教育)」の役割を踏まえた上で、具体的にどのようなレベルでどのような関わりがされ得るのかについて考えていきたいと思います。
- このセクションのまとめ
ここでは、外国人児童の数が増え、在住する地域も広がりつつある中、彼らの生活・人生までを視点を入れて包括的な支援が必要とされていることなどについて見てきました。そして、これらの問題に対して地域の日本語教室にどのような役割が期待されているか、支援のポイントとしてどのようなものがあるかなどを見てきました。
子どもの将来までを見すえた支援について
このセクションでは、上で見た「個人レベル」の中の一番目に挙げた「ライフコースと学びの連続性」について、実際の外国人児童の事例を取り上げてみなさんと一緒に考えてみたいと思います。
ライフコースと学びの連続性
子どもが「現在の生活」のことを考えた支援というのはもちろん重要ですが、彼らの将来までを見すえた支援が必要とされることも指摘されています。例えば、石井 (2008) では以下のように述べられています。
石井2008, p.33
- 「Life(=生活及び人生)を支える日本語教育」の視点
- 「命の安全・安心を支える」「生涯の学びと成長を支える」
- 次世代を担う子どもたちを育てるには将来の可能性を開く長期的な視野が必要であり、今ここでの生活の視点だけでは不足である
石井恵理子(2008)「地域日本語教育システムづくりの課題と展望」『日本語教育年鑑2008年版』 国立国語研究所
齋藤 (2011) は、以下のように「ライフコースと学びの連続性」という言葉でこのことの重要性を指摘しています。
齋藤2011, p3
- 「外国人児童生徒教育」の捉え方の見直しが必要ですし、そのキーワードが「ライフコース」と「学び(学習)の連続性」だと考えます。(中略)「子どもたちの生活」を時間軸で描くことが重要です。そして、何より、その子どもたち自身の成長・発達を社会の相互作用として捉える視点が求められます。
齋藤ひろみ(2011)『外国人児童生徒のための支援ハンドブック』 凡人社
では、このように子どもの将来を見すえた支援について具体的に考えてみましょう。次からは、実際の (元) 外国人児童の人生を例に、みなさんと一緒に考えていきたいと思います。
実際の事例から考える
ここからは、実際に (元) 外国人児童の対して行ったインタビューをもとに、外国人児童に対する包括的な支援やライフコースを見すえた日本語の支援について考えていきたいと思います。インタビューの対象者は以下の通りです。
インタビュー対象

- ペルーにルーツを持つ (両親がペルー人)
- 日本生まれ・日本育ち
- インタビュー時点で大学4年生
- 日本で学校教員になりたいという希望をもっている
インタビューの対象者は、ペルーにルーツをもつ元外国人児童の女性です (現在は日本国籍) 。彼女は現在大学4年生で、教員になりたいという希望をもっています。彼女自身は日本生まれの日本育ちですが、両親は日本語ができない状態で来日したため、学校では日本語、家庭ではポルトガル語、という環境で育ちました。
彼女は日本生まれであることから、日本語は非常に流ちょうです。しかし、外国にルーツをもつことから来る様々な課題に直面してきました。今回のように、日本語が流ちょうな (元) 児童の事例を見ることで「日本語が上手になれば全ての問題が解決する」というわけではないことが見えてきます。また、インタビューの内容からは、「日本語が流ちょうに話せる=言語面での問題がない」というわけではないことも分かります。
では、このような言語面、非言語面の両側面について意識しながら、インタビューを見ていきましょう。 (プライバシー保護の観点から、インタビュー映像の部分をぼかしてあります。なお、本動画の無断での複製・ダウンロード保存は禁止といたします。)
苦労したこと
まずは彼女が子ども時代に苦労したことについて見てみますが、動画を見る前に、少し考えてみましょう。
- 考えてみよう!
みなさんは、日本語が流ちょうであれば、外国にルーツをもつことによる苦労などはないと考えますか?もし「ある」と考えるなら、どのような苦労があると思いますか?ちょっと想像してみましょう。
では、動画を見てみましょう。みなさんの想像したことと比較しながら聞いてみてください。
苦労したこと (言語・文化)
この動画を見ると、日本語が流ちょうであっても言語に関する苦労があったことや、文化面での問題もあったことが分かります。
苦労したこと (その他の面)
こちら動画を見ると、学校の内外の生活のさまざまなところで、外国にルーツをもつことからくる課題に直面することが分かります。
支えになったもの
次に、彼女が生活・人生の支えとなったと感じていることについて話している動画を見てみます。
- 考えてみよう!
実は、このインタビューの時点で、彼女は教員になることが決定しています。つまり、希望を叶えたわけですね。どのようなこと・人などが彼女の支えになったきた可能性が考えられるでしょうか。動画を見る前に想像してみましょう。
上で推測してみたことも踏まえながら、動画を見てみてください。
支えになったこと・もの・人
この動画を見ると、彼女が、いろいろな人たちの言葉や行動に支えられて今の自分があると感じていることが分かります。
今・及び将来の自分について
この動画を見ると、彼女が現在「外国人である」ことをどう捉えているかや、教師として将来どんなことをしたいという希望を抱いているかが分かります。
ライフコースを見すえた支援について考えてみる
ここまでは彼女自身の経験に基づいた話から包括的な支援について考えてきました。ここからは日本語の支援にフォーカスして、ライフコースを見すえた支援について考えたいと思います。彼女自身は日本語の言語の支援は不要でしたが、そういった支援の必要なケースについても話してくれています。
- 考えてみよう!
日本語が支援な児童の場合に、「現在の生活」や「将来の人生」とのつながりを踏まえた教育を提供する上で、どのような点が重要だと思いますか。彼女の意見を聞く前に、みなさんの意見についても考えてみてください。
では、動画を見てみましょう。
児童への日本語の支援について
この動画では、彼女が児童の日本語支援においてどのような視点をもつことが重要であると考えているかが述べられています。
- このセクションのまとめ
このセクションでは、外国人児童に対する包括的な支援やライフコースを見すえた日本語支援の可能性について、実際の事例を元に、みなさんと具体的に考えてきました。実際に必要な支援は児童ごとにそれぞれ異なると思いますが、どのような支援が重要そうなのかイメージが湧いてきたでしょうか?
さいごに
この講座では、外国人児童への支援として、児童の「生活」までを考慮した包括的な視野に立った支援が必要なことや、将来の「人生」までを視野に入れたライフコースと学びの連続性を意識した支援が必要なことなどを、実際の事例と共に見てきました。
さいごに、ここまで見てきたことを踏まえて、「生活者としての外国人児童生徒 (及びその保護者) を支援する人」に求められる資質・能力について考えてみましょう。
支援者としての資質・能力
- どんな役割を担う(担いたい)と思いますか?
- そのためにどんなことができる必要がありますか?
- そのためにはどんなことを知っておく必要がありますか?
- そのためにどんな性格や考え方だとよいと思いますか?




