講座情報
  • 参考にした研修:2021年2月20日 の研修 (伊東祐郎 講師)
  • 制作者 ①:都築鉄平 (Semiosis)
  • 制作者 ②:島尻昌弥 (ICLC 国際言語文化センター附属日本語学校)

「地域の日本語教室」とはどんなところなのでしょうか?日本語学校などとはどのように異なるのでしょうか?

ここまでの講座で、多文化共生とはどのようなもので、どう取り組んで行くべきかについて見てきました。ここからは、多文化共生と日本語教育が交叉する場所である、「地域の日本語教室」について考えていきたいと思います。今回の講座では、主に以下のような観点から地域の日本語教室について考えていきます。

(1) 地域の日本語教室について

地域の日本語教室とはどんなところか?外国人生活者への日本語教育において、それはなぜ、どのように重要な存在なのか?


(2) 地域の日本語教室での日本語教育について

地域の日本語教室での教育は、どのような目的を達成するためにどのような方法をとるのか?


「地域の日本語教室」の特徴

まずは、なぜ「学校」でなく「地域の日本語教室」なのか?そもそも「地域の日本語教室」とはどのような場なのか?そこでの活動はどのような活動であるべきなのか、という点について見ていきたいと思います。

なぜ「地域の日本語教室」か?

「地域の日本語教室」について一緒に考えていきましょう。

ここまでの講座でも見てきたように、外国人と日本人の共生が進むことで、日本語教育の役割は単に日本語の能力を上げるという目的から、多文化共生による地域の発展の一端を担うという役割へと変化してきています。つまり、「日本語能力」の問題から「地域」の問題、「日本語教師と学生の間」の問題から「地域の住民同士」の問題へと変わってきていると言えます。

これまでは教育が行われる場所というと、小学校や中学校、あるいは日本語学校のような「学校」という場がイメージされることが多かったと思います。しかし、生活者としての外国人に対する日本語教育においては、「地域の日本語教室」という場が非常に重要な存在となっており、今後、さらにその重要性は増していくことでしょう。

では、この「地域の日本語教室」がいわゆる「学校」とどのように異なるのか見ていきましょう。

  • 考えてみよう!

「地域の日本語教室」と「学校」の違いとして、どのような違いを思い浮かべますか?
それぞれに対して思い浮かぶキーワードを列挙してみましょう。

従来型の日本語教室との違い

では、「地域の日本語教室」の特徴を、従来型の日本語教室とどう違うのか?という観点から見ていきたいと思います。

概要

簡単に言うと、従来型の日本語教室は「狭い意味での日本語教育」で、地域の日本語教室は「広い意味での日本語教育」だと言えます。前者は、定まったカリキュラムを元に教師が学習者に教えるといった、いわゆる「学校」のイメージですが、後者はその場のニーズに合わせて非計画的に教育を行う、「生涯活動」「文化活動」に近いものです。両者の違いは以下のような表にまとめられます。

参加者場面・
教育様式
形態
従来の日本語教室教師 –
学習者
教室・
計画的
従来型
日本語教室
地域の日本語教室支援者 –
習得者
不特定・
非計画的
地域 (型)
日本語教室

詳しく

この二つのタイプの教室 (教育) の違いを、もう少し詳しく見てみましょう。

教育するのはだれ?

  • 従来型の教室 → 日本語教育の専門家
  • 地域の教室  → 専門家とは限らない

教師と学生はどんな関係?

  • 従来型の教室 → 教える人と学ぶ人
  • 地域の教室  → 同じ地域に住む住民同士

何を教える?

  • 従来型の教室 → 既定のカリキュラムによって明確に示された内容
  • 地域の教室  → 学習者のニーズによって異なる

どうやって教える?

  • 従来型の教室 → 予め準備された既定の教材や教具で教える
  • 地域の教室  → ニーズに応じた教材や活動形態で教える

教育の成果について

  • 従来型の教室 → 試験などで測定される、一定の成果を求められる
  • 地域の教室  → 教育の成果や学習の効果が問われることはあまりない

教室は何のための「場」?

  • 従来型の教室 → 日本語を学ぶ (教える) 場
  • 地域の教室  → 交流の場 / 相互理解の場 / 支援や協力の場

上の「考えてみよう」でみなさんが挙げたキーワードとは、どのような共通点、あるいは違いがあったでしょうか?

このように、生活者として日本語の学びを必要としている人たちが来る場である「地域の日本語教室」の日本語教育は、いろいろな面で従来の日本語教育とは異なるものだということが分かります。

「地域の日本語教室」の役割

異文化交流の最前線の場としての日本語教室の役割

上の節の最後で、地域の日本語教室がどんな「場」であるのかという点を見ました。この点について、もう少し詳しく見てみましょう。

異文化交流の最前線の場

上で見た通り、地域日本語教室は多文化交流の最前線であり、多文化共生のまちづくりの要となる場と言えます。この場では、以下のようにして異文化接触が起き、それが異文化理解へと繋がっていきます。

異文化接触から異文化理解へ

異文化接触が起きれば、日本人、外国人ともに共通して戸惑い、葛藤、驚きが起きます。
ここで、私たちはにお互い気持ちよく住めるように、相手に合わせてみようと思ったり、自分の価値観を我慢しようと試みたりと、調整活動が働きます (この調整は、日本人にとっては「多言語・多文化環境への適応」、外国人にとっては「日本文化環境への適応」になります) 。そしてお互いの価値観の共有ができ、寛容性、柔軟性、多文化性が日本人だけでなく、外国人にも生まれてくると、お互い良い関係が築けるようになるでしょう。

地域の日本語教室を、このような「異文化接触・異文化理解の場」と捉えることで、そこで働くみなさんの役割も明確になってくるのではないでしょうか。

地域の日本語教室の役割

地域の日本語教室を異文化交流の最前線の場と考えた場合、その役割として、以下のようなものを挙げることができるでしょう。

①居場所 → ②交流 → ③地域参加 → ④国際交流 → ⑤日本語教室

私は地域の日本語教育は「居場所」になる (①) ことが重要かなと感じています。居場所になれば、人が自然に集まるようになり、「交流」が生まれ (②) ます。交流が生まれてくると、日本人も外国人も「地域に参加」しているという意識 (③) が芽生え、そして一緒に汗を流して活動することで連帯感 (④) が生まれます。その活動を通して必要な「日本語」を学んで (⑤) いきます。活動を通して無意識で日本語を学ぶ環境が作るのが地域日本語教室の大切な役割になります。

地域の日本語教室の目指すべきもの

日本語教室を「異文化交流の最前線の場」と考えた場合、そこで日本語を教えるみなさんにとって必要なのは何でしょうか?日本語教師としての専門性よりも大切なものがあるのではないでしょうか?

専門性は必要か?

地域の日本語教室のボランティアをするには、日本語教師養成講座などに通う必要があるのでしょうか?

確かに、ボランティアをしていると外国人から日本語に関しての質問を浴びせられます。そうすると、必然的に日本語についての知識が必要だということに感じるかもしれません。

しかし、地域の日本語教室は日本語学校ではないので、必ずしも専門性を求める必要はありません。専門性を求めていくと、ボランティア、気楽に楽しくというものではなくなってしまうこともあり得るためです。

「学ぶ」場から「居て楽しい」場に

地域日本語教室が専門性を求め、学校化してしまうことで、ボランティアのみんさんと外国人との関係が、教える教師、学ぶ学習者となり、ある意味で対立構造ができてしまい、主従の関係が生まれてしまう可能性があります。それは大変残念なことです。

地域日本語教室は、国際交流または多文化共生社会を作っていく最前線の場とも言える存在です。ですから、外国人がそこに居て楽しい、またはその地域に住んでよかったと思えるような環境にしていかないといけません。そう考えると、教科書を開いて何を勉強するかというアプローチよりも、コミュニケーションをどうとるかということが大事なのです。

「人工的環境」でなく「自然的環境」での学習

学習においては、「人工的環境」における学習と「自然環境」における学習があります。これらは次のように違います。

自然環境無意識的、非機械的、意思伝達・理解、高い 必然性、内容優先、少ないプレッシャー、高い 興味・関心、自主的、非効率=時間がかかる
人工的環境意識的、機械的練習、言語の学習、低い必然 性、形式重視、多いプレッシャー、緊張・不安、 低い興味・関心、受け身的、効率的=時間が からない

従来型の日本語教室は、どちらかというと人工的環境での学習だったと思いますが、地域の日本語教室が目指すべきは自然環境での学習でしょう。

このようにして見ると、地域の日本語教室での活動においては、自然環境での学びを可能とするような何か、すなわち、「日本語教育の専門性」とは異なる何かが必要とされていることが分かると思います。


地域の日本語学校の担っている役割が、分かってきたでしょうか?

  • 考えてみよう!

地域の日本語教室における活動の中で、みなさんがどのような役割を担っているのかについて、自分のことばで考え、書き出してみてください。もし、はっきり分からないところがあったら、どの点が、 なぜイメージしにくいのかも書き出してみてください。


  • このセクションのまとめ

ここまで、地域の日本語教室がどのような場であるかをいわゆる「学校」との違いから見てきました。では、ここでなされる教育とはどのような教育で、そこでの教師の役割とはどのような役割なのでしょうか?次からはこの点についてもう少し詳しく見ていきます。

「地域の日本語教室」の理念

ここまで、地域の日本語教室がどのような場であり、そこでの学習として参加型学習がどのように重要であるかを見てきました。

何を教えるのか?

「日本語力」というのは、単純に日本語の文法やことばを知っているということでなく、以下の図のように複数の要素の組み合わせとなっています。地域の日本語教室における参加型学習には、これらの要素の全てが入っています。従って、参加型学習を通じて、本当の意味での日本語力を身につけていけると言えるでしょう。

「日本語力」を構成する要素

この図に見るように、実際に日本語を運用するには、文法や語彙といった言語的な知識だけでなく、社会生活を送るのに使っている一般的な認知能力やコミュニケーションの機会における言語の使用といったものが含まれます。参加型学習を用いた日本語の言語活動ではこれらの要素全ての活用が求められていると言えるでしょう。

どうやって教えるのか?

参加型学習の流れをまとめると、以下の図のようになります。このような循環を作ることで、学習者が自発的に学ぶような流れを作ることが地域の日本語教室における交流活動の基本軸と言えるでしょう。

日本語交流活動の基本軸

学習者は参加型の学習に参加するという体験を経て、自分の知識や経験を他者と共有します。そこではみんなと協働して疑問や課題の解決法を探求します。さらに、そこで得たものを社会での活動に生かしていきます。そして、そこでの経験から得た疑問や課題などをまた次の参加型学習に生かすという学習の好循環を生み出すことが期待されます。

どんな理念に基づいているのか?

ここまで見てきた目的や手段は、それぞれ、以下のようなアプローチに基づいていると言えます。これらこそが地域の日本語教室における交流を支える基本理念だと言えるのではないでしょうか。

基本理念① 人間学的アプローチ

セルフエスティーム (自尊感情) の重視

基本理念② 協働学習アプローチ

コーポレーションの重視

基本理念③ 課題提起型アプローチ

コミュニケーションの重視

地域の日本語教室の役割のまとめ

では、最後に、地域の日本語教室の役割についてまとめます。

  • 学習したもの(文型・語彙)を活用実践できる場
  • 日本人や外国人居住者が体験・発見・発信・理解できる場
  • ボランティアと外国人者同士の関わり構築の場
  • 周辺的参加から主体的自主的参加が可能な場
  • コミュニケーションを継続できる場
  • 参加者同士がつながっていく場

ここまで、みなさんと一緒に「地域の日本語教室」がどんな場であり、そこでの「学び」というのがどのような理念に基づき、どのような流れで行われていくべきかについて考えてきました。

地域の日本語教室は、従来の日本語教室とは異なる役割をもっていて、重視されるものも異なることがわかったと思います。具体的にどのようにしてこのような役割を果たしていけばいいかは、次以降の講座で見ていきましょう。