講座情報
  • 参考にした研修:2020年11月7日 の研修 (仙田武司 講師)
  • 制作者:都築鉄平 (Semiosis)

多文化共生の推進といっても、どこからどう手を付けていいのかわからない、という場合もあると思います。この講座では、具体的な事例をもとにこの点について見ていきたいと思います。

講座パートでは、多文化共生がどのように重要で、そのための取り組みがどのように行われてきているのかについて学んできました。ここでは、みなさん自身が当事者となって多文化共生を目指した地域の取組を行っていく際の考え方について、一緒に見ていきたいと思います。

多文化共生の取組とデザイン思考

取組を「デザインする」という考え方について

ここでは、地域での多文化共生への取組について、「(取組を) デザインする」という観点から見てみたいと思います。

「デザインする」とは?

みなさんは「デザイン (する) 」と聞くと、どのようなものを思い浮かべるでしょうか?ファッションのデザインや建物のデザインなどのように、ものの外観を考案することを思い浮かべる人が多いかもしれません。

ただ、ここでは、ハーバート・A・サイモンに倣って、「デザインする」という行為をもう少し広い意味で捉えたいと思います。サイモンによると、「デザインする」という行為は以下のようなものです。

現在の状態をより好ましいものに変えるべく行為の道筋を考案するものは、誰でもデザイン活動をしている。

『システムの科学』 ハーバート・A・サイモン

別に、ファッションのようにきれいな外観を設計するだけが「デザイン」ではないという考えですね。

例えば、地域の多文化共生に関する現在の状況の中には、「もっとよくできるんじゃないか?」と思えるようなものがあると思います。このような、状況を「よりよく」していくための取組を工夫・考案するという活動も創造的なものであり、「デザインする」ことと言えると思います。

では、ここでなぜ「デザインする」という言葉を使うのかを、上の引用内の2つの下線部 (「より好ましいもの」「誰でも」) に焦点を当ててお話ししたいと思います。

地域の取組とデザイン思考

上で見た「デザイン」の定義にある「より好ましいもの」と「誰でも」という部分に焦点を当てて、地域の取組についてどんなことが言えるか考えてみましょう。

より好ましいものに


「地域の取組」と言ったときに、何らかの「問題」が生じている状況から、その問題を解決するという、マイナスをゼロにする取組が考えられます。もちろん、これは重要な取組です。ただ、上で見た「より好ましい」という観点から考えると、これだけでなく、ゼロからプラスを生み出すような取組もこの中に含まれてきます。

何か目に見える問題が起きているような状況でなくても、よりよい状態に持っていくべく取組を行う場面はあるということですね。外国人生活者を一方的に支援される側という位置付けにせず、日本社会にプラスをもたらす存在という側面に注目するためにも、このような捉え方は重要だと思います。

誰でも


「デザインをする」側の人とそれを「使用する」側の人という関係が固定化されたものでなく、誰もが「デザインをする」側になり得るというところもポイントです。誰もが、誰かがデザインしたものを受動的に使うだけの存在ではないという意識が重要です。

地域の既存の仕組みや状況を受動的に受けれるだけでなく、能動的にそれを変えていくという活動を続けていくことで、よりより多文化共生社会の構築に貢献できるでしょう。

このように、多文化共生への取組を「デザインする」と捉えることで、明確な問題が起きている状態でなくても、多文化共生のための改善の可能性は存在していて、自分自身がそれに能動的に関わる立場でもあるという見かたをすることができます。

どうやって「デザインする」か

実際に取組をデザインする際には、以下のような姿勢で臨むことが重要だと思います。


「デザインする」というのは、「完璧な」状態を作る案を考えることでなく、「より好ましい」状態に持っていく案を考えることです。このため、「まずできること」を目標に定め、そこから行っていく姿勢が大切です。目標を大きく持ちすぎると、身動きが取れなくなって、うまく進められなくなってしまいます。

小さな一歩でもいいので、とにかく、まず一歩目を踏み出して「始める」ことが大切ですね。このためには、「うまくいくか分からないけどやってみる」というように不確実性を受け入れて進めて行くことも重要です。そして、ときには「おもしろそうだからやってみよう」というユーモアの感覚を大切にして取り組むことがいい結果をもたらすこともあります。


このように、地域の多文化共生の取組を「デザインする」ことは、「状況をより好ましい状態」にするため行為であり、「誰もがそれに取り組む主体」であり、そして、「小さなこと/できること」から始めていけばいい (たほうがいい) ものだという捉え方ができると思います。

多文化共生の取組を考える上で大切な4つの要素

地域の取組をデザインする際にポイントになる4つの要素と、取組をデザインする流れについて見てみましょう。

実際に多文化共生い関する地域の取組をデザインするにあたっては、以下の4つの要素について考えることが重要です。

  •  A. 地域の現状(課題)と望ましい状況
  •  B. 課題(現状と望ましい状況のギャップ)
  •  C. 課題解決のための取組
  •  D. 地域のリソース

これらの4つの要素は、それぞれ以下のような関係にあります。

4つの要素

  • (A) 「より好ましい」状態について考えるには、まず地域の「現状」がどうなっているのかを把握する必要があります。その上で、「望ましい (=より好ましい) 状態」をしっかり思い描く必要があるでしょう。
  • (B) この二つ (A) のギャップに当たる部分が解決すべき「課題」であり、この課題を解決することを目的とした取組を考えて行くことになります。
  • (CD) 目的が定まったら、どのような「取組」(C) を行うか検討できますね。ただ、上で見たように「できることから」始めるために、活用可能「地域のリソース」(D) などを把握することが重要です。

このような流れで地域の取組をデザインしていくことができます。では、島根県における実際の多文化共生の取組事例をもとに、「取組をデザインする」流れについて具体的に見てみましょう。

実際の事例 (島根県の例) を見る

ここでは,公益財団しまね国際センターの外国人相談に関する取組事例をもとに,多文化共生の取組をデザインする流れを見ていきたいと思います。

A. 現状 (問題) と望ましい状態

まずは、島根県において「現状」と「望ましい状態」(A) が何である (あった) のかを見ていきましょう。

しまね国際センターでは,上に挙げた相談関連の取組を行う前から,外国人住民のための相談窓口を開設して,外国人住民が安心して過ごせるよう,身近な生活に関する情報をはじめ幅広い情報の提供や各種相談を受け付けていました

相談件数はそこまで多くありませんでしたが,相談窓口に寄せられる相談の中には,かなり複雑化・深刻化した内容のものがあったり,相談者から「どこに相談したらいいか分からなかった」という声を聞いたりすることがありました。

その一方で,行政や専門機関が開設している相談窓口の話を聞いてみると,「外国人からの相談を拒んでいるわけではない」「コミュニケーションに課題がある」というような答えが返ってくることが多くありました。

以上のことから、地域の現状と望ましい状態はそれぞれ以下のように言えると思います。


A. 現状と望ましい状態

<現状>
外国人住民が、既存の相談窓口を利用しにくい
<望ましい状態>
外国人住民が、どんなことでも安心して相談できるようになっている

B. 課題となっていること

上の「現状」と「望ましい状態」とのギャップを考えることで、「課題となっていること」(B) が何であるかが見えてくるはずですね。

現状(問題)と望ましい状態のギャップが課題です。相談者や各種相談窓口からの声をもとに,課題となっていることを改めて整理してみると,下のようになります。


B. 課題となっていること

  • 外国人住民が相談窓口の存在を知らない。
  • 相談内容によって対応窓口が違うため,結果的にたらい回しにされてしまう。
  • 既存の外国人相談窓口(しまね国際センターに開設)にたどり着いたときには,すでに問題が複雑化・重篤化しているケースがある。
  • 相談窓口の担当者が外国人住民の置かれた状況を理解できないことがある。
  • 「日本語がわかる人を連れてきてください」と言われてしまう(通訳手配は相談者の役目)。

望ましい状態に近づけていくためには,これらの課題を解決していくことが求められます。

C. 課題解決のための取り組み

では、これらの課題を解決して望ましい状態に近づけるために、どのような「課題解決のための取組」(C) が始められたかを見てみましょう。

それぞれの取組の概要は次のとおりです。


島根県外国人地域サポーター

  • 外国人住民数が概ね200人以上の8市に,15団体・個人を配置
  • 役割は,外国人住民と行政や相談窓口との橋渡し(適切な行政サービスにつなぐ相談に同行する等)
  • 日本語ボランティア,外国人支援者,エスニックコミュニティのリーダー等に対して,県知事がサポーターを委嘱
  • 県,市町村担当職員とサポーターによる連絡会議を四半期ごとに開催(情報共有,特定課題についての勉強会等)

外国人住民にとって身近な頼れる存在の人に相談窓口などの橋渡し役となっていただくことで,相談しやすい環境を整えるようにしています。


しまね多文化共生総合相談ワンストップセンター

  • 一元的相談窓口(法務省交付金事業)として,対面・電話・メールでの相談に対応。
  • 役割は,相談内容の整理,専門機関との連携による問題解決支援,コミュニケーション支援(三者通話可)
  • 英語,中国語,タガログ語,ポルトガル語,ベトナム語の相談員と,<多言語コールセンター>の活用により14言語に対応
  • 電話ができない外国人住民も相談できるよう,Skypeも併用

外国人相談の玄関口としてのワンストップセンターを設けることにより,たらい回しを避け,三社通話システムの導入と多言語コールセンターとの連携により,行政窓口や専門相談利用の際の通訳支援が行えるようにしています。また,電話契約をもたない外国人住民のためにWi-Fiがあれば利用可能なSkypeでの相談経路も確保しました。


専門相談の充実

  • 消費者センターとの連携(2019.4~)
  • 弁護士会との連携(2020.4~)
  • 臨床心理士との連携(2020.4~)
  • このほか,複数の専門機関との連携により問題解決を支援

このように,各種の専門相談窓口との連携も進めています。


このように、島根県では、外国人相談体制の充実を目指して「島根県外国人地域サポーター (2015/5〜)」や「しまね多文化共生総合相談ワンストップセンター (2019/6〜)」、「多言語コールセンターの活用 (2019/6〜)」、そして「専門相談の充実 (2019/4〜)」といった取組が始められました。これらの取組の全体像を図で示すと以下のようになります。


C. 課題解決のための取組

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D. 地域のリソース

これらの取組で生かされている「地域のリソース」(D) にはどのようなものがあるでしょうか?

課題解決のための取組を考える上で,どこか一つの組織や団体,一個人だけでできることには限界があります。相談体制充実のための取組を検討するにあたっても,様々な団体やキーパーソンとの連携が検討されていることがわかると思います。


D. 地域のリソース

上で見た取組の中では、日本人ボランティアや外国人支援者といった個人から、消費者センターや弁護士会といった団体、また、県や市町村といった自治体までさまざまな地域のリソースが活用されています。

多文化共生を目指した取組をデザインしてみよう

では、今度はみなさん自身が自分の住んでいる地域における取組をデザインしてみてください。

地域における多文化共生を進めるには,どのような取組が必要でしょうか。上で紹介した事例や前の講座で見た総務省の報告書,自分が住んでいる地域の多文化共生に関する指針・計画なども参考にして,A〜D の4つの要素を意識しながら考えてみてください。そして,周りの人と話し合ってみましょう。

  • やってみよう!

地域における多文化共生の取組について、上で見た4つの要素を意識しながら考えてみましょう。下のリンクから PDF か Excel のどちらかの記入シートをダウンロードしてください。シートの各列には多文化共生の支援内容がカテゴリ分けされています。この中からひとつ選んで、各行のセル (上で見た A〜D に該当) に記入していってください。


記入シート (PDF) / 記入シート (Excel)

おわりに

現状の日本社会にマイノリティを適応させることが多文化共生ではありません。多様な人たちが,公正な条件のもとで生きられる社会を構想することが必要です。そのために,最前線に立つ皆さんには,日本語指導だけでなく,より広い視野を持って,日本社会,マジョリティの側へも働きかけるなど,しっかりと役割を発揮していただくことを期待しています。