「多文化共生という言葉はよく聞くけど実際にはよくわからない」「自分の身近であまり感じた感じたことがない」という方も多いと思います。ここでは、この「多文化共生」について見ていきましょう。
初回の講座で見たように、日本社会が継続的に活力を維持していくには、外国人が定着したいと思えるような国にしていくことが重要であり、このためには「多文化共生」や「社会的統合」が必要です。今回のこの講座では、特に「地域における」多文化共生という観点から、重要な概念やこれまでの取り組みの変遷などを紹介して、みなさんが多文化共生について考える材料にしてもらおうと思います。
はじめに
最初に、多文化共生についてみなさん質問させてください。
新聞やテレビなどで、「多文化共生」という言葉を見たり聞いたりする機会が増えています。では、あなたは「多文化共生」について知らない人に説明できますか?
理解しているつもりでも、知らない人に説明しようとすると案外難しいと感じる人も多いのではないでしょうか。この講座では、次のような内容について学びながら「多文化共生」への理解を深めていきたいと思います。
- 「多文化共生」とは?
- 自治体国際化施策の変遷
- 多文化共生施策の現状と課題
- 多文化共生と地域日本語教育
講座で学びながら、一市民として、日本語教師として、自分と多文化共生の関わり方についても考えてみてください。
「多文化共生」とは?
「多文化共生」という言葉について
「多文化共生」という言葉はどのような意味でしょうか?また、どのようにしてこの言葉が使われるようになっていったのでしょうか?
まずは、「多文化共生」という言葉自体を取り上げてみたいと思います。この言葉の定義と、国内における広がりを振り返ってみます。
定義
「多文化共生」は、欧米先進諸国の多文化主義や移民統合政策とは異なる日本独自の概念だとされています。2006年に策定された総務省の「地域における多文化共生推進プラン」では、「多文化共生」を次のように定義しています。
国籍や民族などの異なる人々が,互いの文化的ちがいを認め合い,対等な関係を築こうとしながら,地域社会の構成員として共に生きていくこと
「多文化共生の推進に関する研究会報告書」(総務省, 2006, p.5)
全国の自治体で多文化共生に関する指針などが策定される場合も、ほぼ同じ定義が用いられています。
国内における「多文化共生」という言葉の経緯
しかし、「多文化共生」という言葉自体は、このとき初めて出てきたものではありません。それより10年以上前の1993年に、川崎市の市民活動に関する新聞記事に初めて掲載されたと言われています。1995年の阪神・淡路大震災で被災した外国人への支援活動でも使われ、その後だんだんと広がっていきました。
行政における「多文化共生」という言葉の使用
そして、市民による取組だけでなく、行政による取組においても「多文化共生」という語が使われるようになっていきました。例えば、1990年代以降に日系南米人が急増した「外国人集住地域」の自治体関係者で構成される外国人集住都市会議では、通訳・翻訳や子どもの教育などの諸課題に対する検討や国への提言にあたって、「多文化共生」という語が使われています。
2006年に総務省が「地域における多文化共生推進プラン」を策定するに至った経緯には、こうした流れがあったということも知っておくといいでしょう。
参考リンク
地域における多文化共生推進の必要性
では、なぜ今「多文化共生」の推進が必要とされているのでしょうか?
地域における多文化共生の必要性
上でも見た「多文化共生の推進に関する研究報告書」では、地域における多文化共生推進の必要性について、次のように書かれています。重要な箇所に下線を引いておきました。
外国人の定住化が進む現在,外国人を観光客や一時的滞在者としてのみならず,生活者・地域住民として認識する視点が日本社会には求められており,外国人住民への支援を総合的に行うと同時に,地域社会の構成員として社会参画を促す仕組みを構築することが重要である。すなわち,従来の外国人支援の視点を超えて,新しい地域社会のあり方として,国籍や民族のちがいを超えた「多文化共生の地域づくり」を進める必要性が増しているのである。
「多文化共生の推進に関する研究会報告書」(総務省, 2006, p.5)
以前の講座でも見た文化庁のカリキュラム案の中でも、外国人を「生活者」という視点で見るという点が重要なポイントでしたが、ここでは、外国人が「地域における」住人・生活者であり、彼らを含めた多文化共生を新しい地域社会のあり方として捉えていることが重要だと思います。
また、外国人を受け入れるだけでなく、活躍ができるような社会をつくることも重要です。これについは、以下のように述べられています。
今後、日本の総人口は急速に減少していくことが予想される。グローバル化の進展により,人の国際移動がますます活発になる中で,社会の活力を維持するためには,外国人を含めた全ての人が能力を最大限に発揮できるような社会づくりが不可欠であり,地域において多文化共生を推進する必要性はより一層高まることとなろう。
「多文化共生の推進に関する研究会報告書」(総務省, 2006, p.5)
最初の講座で見た日本の社会的状況とも関係することですが、日本の社会の活力を維持するためにも、彼らが最大限の力を発揮できるようにすることは、地域における重要な課題だということです。
地域における多文化共生のあり方
地域における多文化共生について考えるには、どのような点に注意・着目したらいいでしょうか?
では、地域における多文化共生のあり方を考える上で重要な点や参考になる見方について、一緒に見ていきましょう。
「外国人支援」との違い
外国人の増加・定住化に伴い、地域では様々な課題が浮かび上がってきました。それぞれの課題に対応するためには、外国人住民への支援策が必要となることから、「外国人支援」と「多文化共生」は混同されてしまうこともあります。しかし、両者は全く同じではないことに留意する必要があります。
「多文化共生」とは、日本人も外国人も対等な関係を築き、地域社会で共に生きていくということです。「日本人=支援する側」「外国人=支援される側」と固定化して捉えるのではなく、誰もが地域社会の一員として、支え合い、助け合いながら、地域づくりの担い手として活躍できるようにすることが求められます。
ダイバーシティとインクルージョン
「ダイバーシティ&インクルージョン」と、セットで用いられることも多いこの二つの概念は、労働人口の減少や社会構成の変化により、労働力の確保が大きな課題に直面したことを背景に、2000年以降、日本の大企業を中心に注目されるようになりました。それまで労働力の中心として捉えられていなかった女性やシニア層、障がい者、外国人などの雇用に着目することにより、深刻な人手不足を解消するとともに、イノベーションを生み出していこうという考え方です。
ダイバーシティは、日本語で「多様性」という意味です。企業でこの言葉が用いられる場合は、ジェンダーや年齢、国籍、ライフスタイルなど、多様な人材を活用することでビジネスの成長を促す戦略のことを言います。一方、インクルージョンは、日本語で「包摂」という意味です。企業でこの言葉が用いられる場合は、全従業員の経験や能力、考え方が認められ、活かされている状態のことを言います。
多様な人材を受け入れ、一人ひとりの個性を活かすことにより、組織の成長と個人の幸せを実現していこうとするのが、「ダイバーシティ&インクルージョン」という考え方です。上で見た総務省の報告書からの2つの引用を見直すと、ひとつ目の引用が「ダイバーシティ」の重要性を、ふたつ目の引用が「インクルージョン」の重要性を述べているとも見ることができます。
ベリーの適応モデル
多文化共生を考えるうえで、もう一つ知っておくとよいと思わるのが、ベリーの適応モデルです。ベリーの適応モデルは移民の適応戦略と受け入れ社会の対応戦略の4類型を示したもので、下の図は、額賀美沙子他編『移民から教育を考える 子どもたちをとりまくグローバル時代の課題』(ナカニシヤ出版)に掲載されているものを参考にしたものです(p169)。
移民が母文化を維持するか否かと受け入れ社会において移民が他集団と関係をもつか否か、という観点から、移民の適応戦略を分類します。そうすると、例えば、母文化を捨てて多数派と一緒になるパターン (同化) や、その逆である、母文化を守って多数派との関係構築を避けるパターン (分離) があります。また、理想的なものとして、母文化を守りつつ、多数派とも関係を構築していくパターン (統合) があります。母文化も維持できず、多数派との関係も構築できないというパターン (周縁化) もあり得ます。
ただし、移民の適応戦略は、移民側で一方的に選択できるものではなく、受け入れ社会が移民に対してどのような対応をしているかということに大きな影響を受けます。以下に見るように、受け入れ社会側の適応戦略は移民側の適応戦略と対応しています。
受け入れ社会側の適応戦略も、移民側のものと同様に2つの軸で4つに分類できます。受け入れ社会の側に移民を歓迎する態度が浸透していて、移民の適応を支える状況が確立されている場合、受け入れ側から見ると、「多文化主義」の適応 戦略となり、移民は「統合」の適応戦略をとりやすくなるとされています。
最初の講座で、「多文化共生」と「社会統合」の重要性について学びましたが、この図に沿った言い方をすれば、「多文化共生」とは、移民の適応戦略も受け入れ社会の適応戦略も、どちらもうまくっている状態と考えることができるのではないでしょうか。(表と画像で確認する)
ここで見た「ダイバーシティ/インクルージョン」やベリーの適応モデルは、その用語や概念そのものが重要なのではなく、自分たちの組織やコミュニティを見直すための新しい視点を提供するものとして重要なものです。では、これらの視点を通してみなさんのコミュニティにおける多文化共生のあり方を見たとき、どのようなことが言えるか、考えてみましょう。
- 考えてみよう!
ダイバーシティやインクルージョン、移民と受け入れ側それぞれの適応戦略という観点から、日本やみなさんの地域における多文化共生について考えてみてください。
自治体国際化施策の変遷
では、国際化や多文化共生に関する取り組みの変遷についても見ていきましょう。最初の講座では、法整備などの国の取り組みを中心に見ましたが、ここでは自治体に関わる部分を中心に見ていきたいと思います。
国の指針等と自治体国際化施策
自治体における多文化共生推進の施策について、時系列にその変遷を見ていきましょう。
施策の変遷
全国の自治体における国際化施策は、1980年代頃から以下のような流れで「国際交流」→「国際協力」→「多文化共生」という風に展開してきました。
国際交流
「多文化共生」が自治体の施策として現れ始めるのは2000年代になってからですが、それ以前から「国際交流」という形で取り組まれてきました。1980年代の後半から、多くの自治体で国際交流の取り組みが始まりました。
国際協力
その後、1995頃には「交流から協力へ」というようなことが言われるようになって、それ以降、国際協力の取り組みも各自治体で展開されていきました。
多文化共生
一方、1990年の入管法の改正以降、新しい外国人住民が増えてきて、その対応に迫られ、外国人住民の対応に舵を切っていく自治体も増えてきました。2001年に外国人集住都市会議が行われ、この頃から、多文化共生が大事であるということが言われるようになってきました。これを受けて、総務省の多文化共生推進プランに繋がってきたと見ることもできます。
こうした流れの背景には、各自治体の積極的な取り組みももちろんですが、国によるさまざまな指針の策定等も、その後押しとなってきました。
また、外国人住民が増え始めた1990年代から、こうした自治体の取組の枠の外で、市民ボランティアによる取組として地域の日本語教室の取組が各地で広がっていきました。
各施策の概要
では、このような流れを踏まえて、国の各指針等のポイントを指針の出された順に時系列で見ていきましょう。
地域国際交流推進大綱の策定に関する指針
上の図で見たように、「国際交流」に関しては、1989年には、旧自治省から「地域国際交流推進大綱の策定に関する指針」が出されています。そのポイントは、次のとおりです。
- 地域における国際交流の意義と目的
(1) 地域アイデンティティの確立 (2) 地域の活性化
(3) 地域住民の意識改革 (4) 相互理解の深化 - 地域国際化協会(都道府県・政令指定都市レベルの「国際交流協会」等)の設置
- 語学指導等を行う海外青年の招致事業(JETプログラム)の実施
- 国際交流施設等の整備
- 外国人が活動しやすいまちづくり
- 各種交流施策の実施
- 留学生に対する施策
この講習のテーマと深く関係する部分では、上に赤線で強調した「地域国際化協会の設置」という点があります。これを機に、それまで国際交流協会のなかったところにも、たくさん国際交流協会が設置されるようになり、自治体国際化施策の実施体制が整えられました。現在は62団体が活動しています。市区町村では、民間による設立の場合もあります。
自治体国際協力推進大綱の策定に関する指針
「国際協力」に関しては、1995年に、「自治体国際協力推進大綱の策定に関する指針」が出され、「交流から協力へ」という流れが生まれました。
- 1995年を「自治体国際協力元年」に
- 国際協力の意義と理念
(1) 共生の精神 (2) 対等なパートナーシップ
(3) 多様なチャネルによる世界平和への貢献 (4) 人道的配慮
(5) 地域活性化等の効果 - 対象地域
- 協力形態(人づくりに対する協力、国際会議、共同研究、青年海外協力隊への参加、国際緊急援助隊への参加、資金協力・物資協力)
- 対象分野
- 推進体制の整備
- 条件整備と適切な配慮
これらの取組は、JICA国際協力機構やNGOといった機関の連携により行われていることも多いですが、自治体としても、友好交流先からの人材受け入れなどを行っている場合があります。
地域における多文化共生推進プラン
2006年、総務省から「地域における多文化共生推進プラン」が出されました。
- 地域における多文化共生推進の必要性・多文化共生の定義
- 地方自治体が多文化共生を推進する意義
- 外国人住民の受入れ主体としての地域
- 外国人住民の人権保障
- 地域の活性化
- 住民の異文化理解力の向上
- ユニバーサルデザインのまちづくり
- 施策
(1) コミュニケーション支援 (2) 生活支援 (3) 多文化共生の地域づくり
(4) 多文化共生の推進体制の整備
外国人集住地域などでは、早くから必要に迫られて外国人住民施策に舵を切っていく自治体も見られましたが、全国の自治体で、既存の地域国際化指針の見直しや、新たな多文化共生推進指針・計画の策定などが進んだのは、総務省がこのプランを策定し、全ての自治体にも指針・計画の策定を要請したことの影響が大きいと言えます。
地域における多文化共生推進プラン (改訂)
そして2020年には、社会経済情勢の変化をふまえて、このプランが改訂されました。
- 社会経済情勢の変化を経た上で多文化共生施策を推進する今日的意義
- 多様性と包摂性のある社会の実現による「新たな日常」の構築
- 外国人住民による地域の活性化やグローバル化への貢献
- 地域社会への外国人住民の積極的な参画と多様な担い手の確保
- 受入れ環境の整備による都市部に集中しないかたちでの外国人材受入れの実現
- 施策
(1) コミュニケーション支援 (2) 生活支援 (3) 意識啓発と社会参画支援
(4) 地域活性化の推進やグローバル化への対応
(5) 多文化共生の推進体制の整備
これらについては、また後で詳しく見ますが、この改訂版と報告書は、これからの多文化共生について考える基礎資料として、皆さんにも活用してほしいと思います。
参考リンク
ここまで、自治体や国の取り組みが「国際交流」から「多文化共生」へと変遷してきた流れを見てきましたが、ここで、みなさんに考えてみていただきたいことがあります。
- 考えてみよう!
皆さんは「国際交流」と「多文化共生」の違いについて自分の言葉で説明できるでしょうか。「外国人支援」と「多文化共生」の違いについても、自分の言葉で説明できるようにまとめておきましょう。
外国人登録法(廃止)と住民基本台帳法
在留管理制度も以下のように新しくなり、国際化に対する自治体の取組の重要性はさらに増しました。
また、2012年に外国人登録法が廃止され、新たな在留管理制度が導入されました。それに伴って住民基本台帳法が改正されることになり、ここにおいて外国人は初めて法律で「外国人住民」と位置づけられました。
【旧】外国人登録法 (目的) 第1条
この法律は、本邦に在留する外国人の登録を実施することによつて外国人の居住関係及び身分関係を明確ならしめ,もつて在留外国人の公正な管理に資することを目的とする。
▼▼▼
【新】住民基本台帳法 (目的) 第1条
この法律は、市町村(特別区を含む。以下同じ。)において、(中略)住民に関する記録を正確かつ統一的に行う住民基本台帳の制度を定め,もつて住民 の利便を増進するとともに,国及び地方公共団体の行政の合理化に資することを目的とする。
赤字の下線で強調しておきましたが、「管理」のための法律が「利便増進」のための法律に変わったと見ることもできますね。
総務省の HP には、「我が国に入国・在留する外国人が年々増加していること等を背景に、市区町村が、日本人と同様に、外国人住民に対し基礎的行政サービスを提供する基盤となる制度の必要性が高まりました。そこで、外国人住民についても日本人と同様に、住民基本台帳法の適用対象に加え、外国人住民の利便の増進及び市区町村等の行政の合理化を図るための、「住民基本台帳法の一部を改正する法律」が第171回国会で成立し (後略)」と書かれています。 (該当ページリンク)
太字で強調しておきましたが、外国人が自治体の住民として明確に位置づけられたことにより、外国人が抱える生活課題への対応は、自治体が行わなければならなくなったと言うこともできます。
参考リンク
「国際交流」と「多文化共生」の違いについて
ここまでの話を踏まえて、みなさんに考えてみてもらいたいことがあります。
多文化共生施策の現状と課題
ここからは、現在、及びこれからの多文化共生施策についてどのような取り組みや課題があるのか、見てみたいと思います。この点については、総務省の「多文化共生の推進に関する研究会報告書 」(2020) が詳しいので、この報告書からの引用を元に見ることにします。
多文化共生の推進に係る指針・計画の策定状況
各自治体における多文化共生推進プランの策定はどの程度進んでいるのでしょうか?
報告書の p.14 には、各自治体における多文化共生プランの策定状況が2010年と2020年の比較という形で記載されています。そのデータを元にグラフ化したものが以下の図です。
2006年に総務省が「多文化共生推進プラン」の策定を全国の自治体に要請してからしばらく経った2010年には、都道府県では94%、指定都市では100%と、指針・計画の策定は進んでいますが、全体では30%には満たない状況でした。それが、10年経った2020年には、全体の半分ぐらいにまで増えています。(表で見る)
(報告書, p14 より)
この状況をかなり進んだと捉えるのか、それとも、まだまだと捉えるのか、判断の難しいところです。報告書では、指針等が未確定な自治体でも、日本人人口が減少する一方で外国人人口が増加傾向にあることから、このような自治体でも、今後多文化共生施策に取り組む必要性が高まるだろうということが指摘されています。
取組例と課題、対策
地域の特性に応じた自治体の施策も紹介されています。
取り組み例
地域の実情に応じた自治体独自の施策も見られるようになり、報告書には分野別にいくつか紹介されています。それぞれの施策には、各自治体の現状における問題の捉え方と、望ましい思われる社会の状況にどうやって近づかせるかというプロセス・手段などがデザインされていると考えられます。
- 取り組み例 ①
- 取り組み例 ②
(報告書, p.15より)
皆さんも、関心のある分野や、身近な自治体などで、多文化共生をめざした取組について調べてみましょう。どのような地域の特性があるのか、どのような課題を解決しようとしているのか、どのような活動を行っているのか、複数の自治体を比べてみるのもいいでしょう。
課題
2006年以降の社会経済情勢の変化等をふまえた課題としては、次のようなことが掲げられています。
- コミュニケーション支援
- 希少言語ややさしい日本語を含めた多言語対応
- ICTの積極的な活用
- 日本語教育の推進
- 生活支援
- 外国人の子どもの就学促進や教育環境の整備
- 災害発生,新型コロナウイルス感染症等に備えた外国人対応
- 医療・保健サービス,子ども・子育て・福祉サービスの多言語対応
- 外国人材の受入れ環境の整備,都市部への集中防止
- 意識啓発と社会参画支援
- ヘイトスピーチの解消,相談体制の整備,教育の充実,啓発活動
- 地域社会やコミュニティ等において必要となる人の交流やつながり,助け合いを実するための環境の整備
- 地域社会において,外国人住民がその担い手となる取組の推進
- 地域活性化の推進やグローバル化への対応
- 外国人住民との連携・協働
- 外国人住民の知見やノウハウの活用
(報告書, p.17-p.18より)
対応策
これらの課題に対応するため、今後取り組むべき地域における多文化共生施策の体系が2006年のものと対比する形で示されました。
- 2006年版
- 2020年版
(報告書, p.20より)
一つ一つ見ていくと、単に通訳・翻訳の確保や日本語指導といったコミュニケーションの支援をすればよいというものではなく、外国人をまさしく住民としてしっかりと受け入れ、総合的な取組をしていく必要があることがわかると思います。そのためには、自治体に任せているだけでは難しい部分もあります。国と自治体との連携、様々な組織や人の連携も必要でしょう。そして、私たち自身にも、地域社会の一員として何ができるのか考えることが求められていると思います。
ここで見たように、多文化共生のためには、日本語学習環境を整える、翻訳を準備する、といった取り組み以外にも、さまざまな側面からの取り組みが必要です。では、これらの取り組みの担い手となる人や団体には、どのようなものがあるでしょうか?
- 考えてみよう!
皆さんの周りには、どんな多文化共生推進の担い手(組織、人など)が存在しているでしょうか。なるべくたくさん挙げてみてください。意外なところに多文化共生推進のパートナーが潜んでいるかもしれません。
例えば、以下のような担い手がありますね。みなさんはどんな担い手がどのような側面で貢献できると考えましたか?
多文化共生推進の担い手の例
| 地域国際化協会 (国際交流協会) | NPO・ボランティア団体 | エスニックコミュニティ(外国人学校、食材店など) |
| 大学・日本語学校 | 企業・経済団体 | 自治会 |
| 公民館 | 図書館 | PTA |
| 民生委員 | スポーツのサークル | 商店街 |
多文化共生と地域日本語教育
最後に、多文化共生と地域日本語教育ということに触れておきたいと思います。
地域日本語教室の5つの機能
地域日本語教室が担っている多文化共生推進における役割について見てみましょう。
地域の日本語教室に関する話は、別の講座でも取り扱いますが、ここでは、多文化共生という観点から、日本語教室の持つ役割について簡単に見ていきたいと思います。『多文化共生の地域日本語教室をめざして 居場所づくりと参加型学習教材』(松柏社)では、日本語教室の持つ5つの機能が紹介されています。
『多文化共生の地域日本語教室をめざして 居場所づくりと参加型学習教材』(CINGA地域日本語実践研究会, p.7-p.8)
- 「居場所」:5つの機能のうち、最も基本的なもの。学習者も支援者も、「自分はここに居ていいのだ」「周りの人は自分を受け入れてくれる」「(日本語ができなくても)ありのままの自分でいられる」と感じられる場。
- 「交流」:情報交換や意見交換をしながら親しい関係を築くことができる場。
- 「地域参加」:地域住民として互いに認め合い、地域のイベントなどに参加するきっかけが得られる場。
- 「国際理解」:多文化・多言語の背景を持つ多様な人々の集まる場所であり、年齢、性別、職業も多様な人々が多様な考え方に触れ、少しずつ自らが変容し、柔軟な考え方ができるようになる場。
- 「日本語学習」:さまざまな、教える・学ぶ目的を持っている人が、参加することができる場。
取組事例
このような地域日本語教室の取組事例として、公益財団法人しまね国際センターが行っている取組を紹介します。
島根県には、公共交通機関が不便なため日本語教室に通えない、小さい子どもがいて家を出られない、仕事と教室の時間が重なっているなどの理由で、日本語を学びたいけれど教室には通えないという外国人住民がたくさんいます。そこで、しまね国際センターでは、日本語を学びたい外国人住民の都合に合わせて、日本語ボランティアが自宅や最寄りの公共施設まで訪ねていく「SIC訪問日本語コース」を実施することによって、日本語学習の環境を整備しています。
SIC訪問日本語コース
これまでの成果としては、今まで様々な事情で日本語教室に通うことができなかった人たちが、自分にとって学びやすい時間と場所を選べるようになり、日本語を学べるようになったことが挙げられます。
また、ある地域では、公民館での学習をきっかけに、公民館の方と学習者にも交流が生まれました。地域住民と一緒の防災教室や料理交流会が開催され、次年度の地区計画に「地区内に住む外国人との交流促進」が盛り込まれるまでになりました。
単に、外国人が日本語で会話ができるようになる、読み書きできるようになるということをゴールにするのではなく、その先の外国人住民の地域での暮らしや、地域社会・周囲の住民の皆さんの外国人住民に対する意識の変容ということもゴールとしてイメージしていたからこそ、実現できたことだと思います。
参考リンク
おわりに
以上、「多文化共生」とは何か、自治体国際化施策の変遷、多文化共生の現状と課題、地域日本語教育と多文化共生との関わりなどについて見てきました。
それでは、改めて皆さんに質問です。
講座が始まる前よりも、少しでも理解が深まっていれば幸いです。
多文化共生の概要や歴史に関するお話しはここまでです。次の講座では、地域における実際の取り組みについて見ていきましょう。

